製造業のデータをAIで使える形にする — オントロジーの作り方
製造業のデータがAIや分析で使えない原因の多くは、データの量ではなく「言葉の意味と関係」がそろっていないことです。品番・部品構成・工程・拠点・取引先の意味と関係を一枚の辞書(オントロジー)に定義し、既存データの変換ルールを資産として残す進め方を書きます。
この記事の要点
- 製造業のデータがAIで使えない原因は、量ではなく「同じ言葉が部門や会社ごとに違う意味で使われている」こと。
- 品番・部品構成・工程・拠点・取引先などの言葉と、その関係を一枚の辞書(オントロジー)に定義してから、データをつなぐ。
- 既存データから新しい定義へ移す変換ルールは、案件ごとに作り捨てず、次の導入先でも使える資産として残す。
生成AIや分析ツールに製造業のデータを読ませようとすると、多くの場合、最初にぶつかるのはデータの量ではありません。同じ言葉が、部門や会社ごとに違う意味で使われていることです。
設計の「品番」と生産管理の「品番」が指しているものが違う。「拠点」が工場を指すこともあれば、倉庫や営業所を含むこともある。取引先の名前が、システムごとに微妙に違う。こうしたずれを残したままデータを集めても、AIは自信を持って間違った答えを返します。
この記事では、製造業のデータの「言葉と関係の辞書」、つまりオントロジーを作る進め方を書きます。
オントロジーとは何か
オントロジーは、ある分野の言葉(概念)と、その言葉どうしの関係を定義したものです。製造業で言えば、次のようなことを決めます。
| 決めること | 例 |
|---|---|
| 言葉の意味 | 「品番」は設計上の部品を指すのか、生産上の品目を指すのか |
| 言葉の範囲 | 「拠点」に工場だけでなく倉庫・外注先を含めるか |
| 関係 | 品番は部品構成で親子になる。品番は拠点で作られる。拠点は取引先に属する |
| 識別のしかた | 同じ取引先を、どのコードで一つに名寄せするか |
データベースの設計図と似ていますが、目的が違います。設計図は「どう保存するか」、オントロジーは「何を意味するか」をそろえるものです。意味がそろっていれば、保存の形が違うシステムどうしでも、データをつなげられます。
最初に決める5つの言葉
製造業のデータで、まず意味をそろえるべき言葉は次の5つです。ここがずれていると、その先の分析もAIも成り立ちません。
1. 品番と部品構成
設計の部品表(設計BOM)と、生産の部品表(生産BOM)は、同じ製品でも中身が違うのが普通です。どちらの品番を「正」とし、どう対応づけるかを最初に決めます。
2. 工程
工程の切り方は工場ごとに違います。比較したいなら、粒度(ライン単位か、作業単位か)をそろえます。
3. 拠点
工場、倉庫、外注先、海外拠点。何を「拠点」と呼ぶかを決め、拠点と会社(取引先)の関係を分けて持ちます。
4. 取引先の階層
直接の取引先(Tier1)だけでなく、その先(Tier2以降)まで見たいのか。サプライチェーンのリスクを見るなら、階層の持ち方を最初に決めます。
5. 変化点
人・設備・材料・方法が変わったことを、どの言葉で、どの粒度で記録するか。品質の分析にもリスクの分析にも効く情報です。
進め方:辞書を先に、データは後に
現場の言葉を集める
まず、設計・購買・生産管理・品質の担当者に、同じ質問をします。「品番とは何ですか」「拠点とは何ですか」。答えが人によって違う言葉が、そろえるべき言葉です。
一枚の図に描く
言葉を箱、関係を矢印にして、一枚に描きます。「品番 →(作られる)→ 拠点 →(属する)→ 取引先」のように。描いてみると、矢印が引けない箇所、二重になっている箇所が見えます。
小さく始める
全社・全データを一度にそろえようとすると終わりません。一つの業務、一つの部品群、一部の拠点に絞って辞書を作り、実際のデータを当てはめて確かめます。製品づくりで言う最初の範囲(MVP)を、業務の単位で決めるのと同じです。
変換ルールを資産にする
既存のデータを新しい定義に移すとき、「この表のこの列は、辞書のこの言葉に当たる」という変換ルールを作ります。これを案件ごとに作り捨てると、次の導入先でまた一から作ることになります。変換ルールは、次にも使える資産として残します。製品を提供する側にとっては、導入のたびに積み上がる強みになります。
よくあるつまずき
- システムの項目名から始める:項目名は、そのシステムの都合で付いています。現場の言葉から始めないと、別のシステムとつながりません。
- 一社の言葉に合わせ切る:製品を提供する側が、最初の大口顧客の言葉に全部合わせると、二社目で作り直しになります。どの顧客にも通じる言葉と、その顧客専用の言葉を分けて持ちます。
- AIに意味づけを任せる:AIは、そろっていない言葉を「それらしく」埋めます。意味は人が決め、AIにはその辞書を渡します。
よくある質問
オントロジーとデータベース設計は、何が違いますか。 データベース設計は「どう保存するか」を決め、オントロジーは「その言葉が何を意味し、何とどう関係するか」を決めます。意味がそろっていれば、保存の形が違う複数のシステムのデータをつなげられます。
どのくらいの範囲から始めればよいですか。 一つの業務、一つの部品群、一部の拠点に絞るのが現実的です。小さな範囲で辞書を作って実データを当てはめ、つまずいた箇所を直してから広げます。
外部の支援は何をしてくれますか。 当社の場合は、現場の担当者への聞き取りで言葉のずれを洗い出し、品番・部品構成・工程・拠点・取引先・変化点の辞書と関係図を一緒に作ります。製造業向けSaaS・AI企業に対しては、製品の要件の線引きや、既存データの変換ルールの資産化まで伴走します。
最初の一歩は、二つの部門の担当者に「品番とは何ですか」と聞いてみることです。答えが違えば、そこが辞書づくりの出発点です。